バイオマス建築=植物量建築=木造建築ですから、木造建築の巡礼です。
この建築は、栃木県の北東部大田原市黒羽町に在します、建立の歴史が解る由緒ある建築です。
俳句で有名な松尾芭蕉もここを訪れて俳句を残した事で、黒羽町のキャッチフレーズが「芭蕉の里」に成っています。
この写真は、雲巌寺の山門の写真です。山門以外の建築も、かなり古い建築なのですが、戦国時代動乱の渦に巻き込まれ、焼かれてしまい建立当時の建築はこの山門だけと説明書きがありました。
この建築は西暦1283年に建立されましたから、727年経過した建物です。727年より前のCO2で出来た建築なのです。
見方を変えれば、727年もCO2を固定しているのです。写真の右下に写っている木は杉の古木です、雲巌寺は山寺ですので、寺の山の木を、建物の建て替え以外に伐る事はめったに有りません。
ある意味管理されている人工林の様なものかも知れません、直径2M以上も有る杉の大木の人工林の様なものです。昔の資源の100%に近い数字がバイオマス(植物量)によるものです、日本の長い歴史から見れば、バイオマス建築を造らなくなったのは極最近の事なのです。
この写真の様な建築を造らなくなって、最近の社寺建築は、鉄筋コンクリート造や鉄骨造になってしまいました。その事もあり社寺の建て替え時の伐採もないのです。
一番困る事は、木の利用が無い事での木のサイクルが止まり巨大な古木ばかりに成る事かも知れません、古木の森林吸収量はごくわずかなのです。
二番目に困る事は、木造建築の技術の低下です。この山門は高度技術で造られています。現代の木造建築の様な金物は一切使われていません。昔は鉄が少なく高価だったのです。
この建築の高度な技術の解説を少しだけします。
屋根の化粧垂木の解説をします。この屋根の化粧垂木の事を、扇(おうぎ)垂木と言います。中心から扇を開いたようなので扇垂木と言うのですが。これを造る事がどんなに難しいかの解説をします。
軒先の小口は全て同じ寸法の四角です、軒先の四角を同じにする為、垂木の全てを計算し垂木の一本一本違う加工をするのです。計算の方式は、大工ならではの差しガネ術が有るそうです。
古来から受け継がれた木造建築技術は、消滅してしまうと思いますが、果たしてこれで良いのかと最近思っています。
国産材の利用の減少は、社寺建築の技術の消滅も招いている様な気がしました。
